スキップしてメイン コンテンツに移動

人はなぜ勉強するのか?(23)


子どもに勉強を教えられるように


                                    目次                                

 

前回の人はなぜ勉強するのか?(22)では『夏休み子ども科学電話相談』の話を通して、大人になっても勉強する必要性があるということについてお話ししました。

 

また、子どもの質問に答える難しさもお話ししました。

 

「人はなぜ勉強するのか?」という問いに対して、「子どもにちゃんと教えられるように」ということは、私がこの仕事をする前からぼんやりと考えていたことです。

 

自分の生徒に教えるという意味ではなく、自分の子どもに教えられるようにという意味です。

 

子どもに質問された時、ちゃんと答えられる大人になりたいと思っていました。

 

子どもに「そんなこと、学校の先生に聞きなさい」とか「そんな質問するな」とか言うことだけはしないようにしようと心に決めていました。

 

仮に答えを知らなくても、一緒に予想してみたり、一緒に調べたりすれば勉強になります。こうすれば大人は子どもに勉強する姿勢や方法を教えることができます。

 

答えを知っていても、すぐ教えたりはしません。答えだけなら、スマホで調べればすぐ出てきます。そんなものに何の価値もありません。どの知識とどの知識を組み合わせて正解にたどり着くかという考えるヒントを示したり、自分ならどういう風に考えるかという筋道を教えたりします。

 

時には、答えを知っていても教えないときもあります。

 

これは、ここで正解を知るよりも将来自分の力で正解にたどり着いた方が大きな喜びを得られると判断したときです。

 

せっかくの感動を子どもから奪ってしまうのはもったいないと思うからです。自分が感動したことは、子どもにも感動して欲しいという願いでもあります。こういう判断も正解を知る者の責務である気がします。

 

「子どもに質問された時、ちゃんと答えられる大人になるために勉強する」

 

これは人がなぜ勉強するのかという問いの答えの一つになると思います。 


                      目次