人はなぜ国語を勉強するのか?① 国語という教科の特徴
以前の人はなぜ勉強するのか?(58)の最後に「ついでに現代文の点も取れます」と書きました。
そこで現代文(国語)を学ぶ意義について考えてみたいと思います。今回は、「人はなぜ国語を勉強するのか?」です。
まず、たくさんの生徒にとって現代文(国語)とはどういう教科かというお話をします。
多くの生徒は、現代文(国語)はどう勉強していいかわからず、学校の授業はしっかり受けるものの家庭学習としては漢字くらいしかやっていないと言います。漢字でも勉強すればまだ良い方で、現代文なんてしょせん日本語、日本語は読めるから特に勉強しなくても大丈夫と思っている生徒も大勢います。
そういう生徒の特徴はこうです。
自分にとって読みやすい題材や知っているテーマが取り上げられたときには高得点が取れる。一方、興味のないテーマや堅く難しい言葉がたくさん使われていて読みづらいときは点が取れない。このように良いときと悪いときの差が大きくなるのがその特徴です。そして、どれくらい得点できるかはテスト当日の運次第だと思っている生徒が大半です。
それでいて、しょせんは日本語なので全くわからないわけではなく、記号問題で得点したり、漢字は書けないけど読めると思っていたりして、何となく点を取っているので苦手だという意識がない生徒が多いです。「100点は取れないけど、0点もない」というのが国語の特徴です。
数学なんかは、わからないと手も足も出ず、できるかできないかだけの世界なので得意か苦手かは一目瞭然です。できない生徒はできないという自覚があります。全くできなければ0点もありえる世界です。だから苦手意識を持っている生徒が多いのです。
苦手意識がなく、何となくできている教科というのは一番やっかいな教科です。
なぜならば、苦手意識がないので、「勉強しなければ」という危機感がないからです。そして、「何となくできている」というのは、なぜ正解したのかというはっきりした根拠がないということなので、次に同じ問題をやったとしてもできる保証がないのです。
こうして国語は、すごくできるわけではないのに苦手意識も特に無く、かと言ってとても悪い点数というわけでもないので勉強されなくなります。最終的には「どう勉強していいかわからない」となって、ますます勉強されない教科になります。
ましてや、前述したように国語でどれくらい得点できるかはテスト当日の運次第だと思っている生徒が大半ですから、「勉強するだけムダ」と思って勉強しなくなるのも無理はありません。(つづく)