スキップしてメイン コンテンツに移動

人はなぜ勉強するのか?(42)

 

人種差別問題⑤ 暴力では何も解決しない


                目次へ              

 前回の人はなぜ勉強するのか?(41)では、私がアメリカの大学の寮で経験した「白人の学生に突然奇声をあげられた」という出来事も、まず人種問題だと考えないようにしようと提案しました。

 

差別意識があったかを検証することが事実上不可能である以上「差別意識はなかった」という前提に立ち、今回の事実を『「白人の」学生が「日本人の」学生に奇声をあげた』という構図にするのではなく『「一人の人間の」学生が「一人の人間の」学生に奇声をあげた』という風に考えるのです。

 

すると、今回の「問題」とは「なぜあの学生は突然奇声をあげたのか」ということだけになります。そして「問題の解決」は「その学生が意味不明な行動を急にとったので気にすることはない」となるのです。

 

もっと本質的な解決を目指すならば、その学生の所に歩み寄って、会話し、自分を知ってもらったり、相手のことをより深く知ったりすると良いのかもしれません。当時の私はそこまで大人ではありませんでした。

 

当時の私は差別されたと感じていましたから、イライラしていました。その学生もきっと少しは差別意識をもっていたでしょうから、仮に私が近づいてきたらケンカでもしに来たかと思うかもしれません。

 

実際にケンカにでもなったら、事態はますます悪化しますから、問題の解決にはほど遠い状態になるでしょう。

 

つまり、現在のアメリカでの人種差別問題に対して、問題の解決どころか何度も何度も同じようなことが繰り返される現状は、暴動にまで発展してしまう抗議活動が問題を更に悪化させてしまうと私は思うのです。あれでは多くの人の理解は得られないでしょう。

 

多くの日本人がアメリカで起きている人種問題に関心がないように見えるのは、メディアで取り上げられる暴動などが一因であると思います。人種差別は確かに悪いことだが、その抗議活動にかこつけた暴動も立派な犯罪だろうと冷静に見ているのです。

 

暴動は一部の人間のすること、多くの人は平和的な抗議活動をしているかもしれません。しかし、その一部の心無い人の行動が、抗議活動そのものに悪い印象を与えてしまうのもまた事実なのです。

 

だからこそ以前人はなぜ勉強するのか?(31)人はなぜ勉強するのか?(32)で述べたように、一人一人がその国の代表、その人種の代表というつもりで、できるだけ周りに良い印象をもってもらえるように行動したら良いのではないでしょうか。

 

人はなぜ勉強するのか?(37)の最後にブルックリン・ドジャースの会長ブランチ・リッキーが入団時にジャッキー・ロビンソンに言った言葉とそのエピソードを紹介しました。

 

「あなたはこれまで誰もやっていなかった困難な戦いを始めなければならない。その戦いに勝つには、あなたは偉大なプレーヤーであるばかりか、立派な紳士でなければならない。仕返しをしない勇気を持つのだ。」と言ったブランチ・リッキーはジャッキー・ロビンソンの右の頬を殴りました。

 

それに対して、ジャッキー・ロビンソンは「頬はもう一つあります。ご存じですか」と答えました。

 

今こそジャッキー・ロビンソンの勇気を皆が持つべき時です。

 

                     目次